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2017.10.22.Sun

小豆島・肥土山農村歌舞伎舞台

開場・開演9:30 / 終演16:30予定

※雨天決行・荒天中止/雨天の場合は
最寄り施設に変更の場合有

CONCEPT

小豆島は、かつて島内に30以上(仮設舞台を含めると、140以上!)もの歌舞伎舞台がひしめく芸能の島でした。江戸時代には、島内に役者が溢れ、想像もできないぐらい賑わっていたのではないかと思います。数多くあった農村歌舞伎舞台も、現存するのはここ肥土山と、隣の中山地区の2箇所のみ。かつての島の賑わいを思い起こさせる農村歌舞伎は、今でもそれぞれの舞台で年に1回開かれ、地域の方々の手によって、300年以上伝承されています。

島にこんな素晴らしい文化を継承してくれていることに、心から敬意を払うとともに、何かを通じてもっと多くの人にこの場所と文化を知っていただきたい、と次第に考えるようになりました。また、この一帯は棚田が連なる美しい里山でもあります。この素晴らしい舞台と文化、景観を後世に伝えていくためには、舞台を活用していくことがひとつ重要なことだと考え、“どこにもない”“ここでしかできない”農村型音楽祭を企画いたしました。

「風が吹いてきたよ」は、小豆島で受け継がれた文化を象徴する舞台と周辺エリアを活用し、肥土山地域の方々、そして島民の有志が中心になって創りあげる新しいお祭りです。肥土山には、豊かな自然と田畑があり、人々の心に響く「何か」があります。豊かな環境で音楽を聴きながら、大切な人とゆっくり時間を過ごしていただけたら ─ そして、いつもの生活の中で新しい風が吹くことを願っています。

HITOYAMA

肥土山農村歌舞伎

肥土山って?

牛の形にそっくりな小豆島。
肥土山(ひとやま)は最寄りの土庄港から、車で15分ほど走らせた島の中央部、だいたい牛の心臓にあたる部分に位置しています。古事記にも記載がある小豆島は、とても歴史が古く、応神天皇が行幸されたという記載も残されているほどです。近年は、島の南沿岸を中心に栽培されているオリーブや、江戸時代にピークを迎えた製塩業等、海の印象が強い小豆島ですが、古代まで遡ると肥土山などの農村地区が島の中心であったと言われ、肥土山周辺にも数々の話が伝承されています。

1000年以上も代々守られてきた、肥土山周辺の豊かな環境と田畑は、かつての農村の雰囲気を想像させてくれます。離島の中の農村地区だからこそ残されてきた、日本が誇るべき情景とも言えるのが、肥土山です。

肥土山農村歌舞伎

肥土山農村歌舞伎

小豆島はかつて芸能の島でした。
だいたい350年ほど前に始まったといわれる小豆島の農村歌舞伎。そのキッカケは、お伊勢参りへ向かった人たちが、その行き帰りの道中で様々なところに立ち寄ったそうですが(小豆島の特産品、素麺もお伊勢参りの帰りに、三輪に立ち寄ったことが発端といわれています)、ある一行が上方歌舞伎を見に行った。それが、小豆島にとんでもない歌舞伎ブームが到来するキッカケとなりました。島内では豊作祈願や実りへの感謝、農閑期に披露するものとして次第に歌舞伎が栄えていきましたが、一方ここ肥土山では、毎年のように水不足に悩んでいました。そんな肥土山の集落を助けようと、太田典徳が貞享元年(1683年)からため池(現在の蛙子池)を造りはじめます。3年後、貞享3年(1686年)の完成を祝って、肥土山離宮八幡神社の境内に仮小屋を建てたのが、いまも続く肥土山農村歌舞伎舞台のはじまりとなりました。

江戸時代には島全体で30あったと言われる(仮設舞台を含めると、100以上!)歌舞伎舞台ですが、現存するのは肥土山と中山の2舞台のみ。以降、329年以上も続いてきた肥土山歌舞伎は、今年も5月3日に肥土山の人々の手で披露されます。この貴重な文化を、小豆島の財産として、そして日本人の宝として、この農村歌舞伎と舞台を次の世代に伝承しなければなりません。

2015 REPORT